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和歌山地方裁判所 平成5年(わ)550号 判決

裁判所書記官

中山和美

本籍

和歌山市善明寺四三三番地

住居

右同所

土木作業員

大川孝史

昭和一八年二月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官宮﨑昭出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金二〇〇〇万円に処する。

右罰金の全部またはその一部を納めることができないときは、金四万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  和歌山県同和商工会職員として勤務するかたわら、同会会員等の不動産の譲渡所得の申告に介在して多額の手数料を得ていたものであるが

一  前田昌計と共謀のうえ、和歌山県伊都郡かつらぎ町内に居住する同人が横手昭夫と共有していた不動産の譲渡所得にかかる前田昌計の所得税を免れようと企て、前田昌計の平成二年分の総所得金額が九六三万三八九一円、分離長期譲渡所得金額が三億二三二六万〇六六六円でこれに対する所得税額(源泉徴収税額一万〇五一二円を除く。)が八〇一八万八四〇〇円であるのに、架空譲渡費用を計上するなどの不正の行為により所得の一部を秘匿したうえ、平成三年三月一四日、和歌山県那賀郡粉河町大字粉河一五一四番地の四所在の所轄粉河税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が九六三万三八九一円、分離長期譲渡所得金額が一億五三〇四万二九二六円でこれに対する所得税額(源泉徴収税額一万〇五一二円を除く。)が三七六三万三九〇〇円(但し、申告書は誤って三七六三万一三〇〇円と記載。)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により所得税額四二五五万四五〇〇円を免れた

二  横手昭夫及び前田昌計と共謀のうえ、和歌山県伊都郡かつらぎ町内に居住する横手昭夫が前田昌計と共有していた不動産の譲渡所得にかかる横手昭夫の所得税を免れようと企て、横手昭夫の平成二年分の総所得金額が四〇万三九〇〇円、分離長期譲渡所得金額が三億二七三一万八〇〇〇円でこれに対する所得税額が七九七五万八二〇〇円であるのに、架空譲渡費用を計上するなどの不正の行為により所得の一部を秘匿したうえ、平成三年三月一四日、前記所轄粉河税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が四〇万三九〇〇円、分離長期譲渡所得金額が一億五七一〇万〇二六〇円でこれに対する所得税額が三七二八万〇三〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により所得税額四二四七万七九〇〇円を免れた

三  辻良樹と共謀のうえ、同人において祖父辻良太郎の代理人として、和歌山市内に居住する辻良太郎の所有していた不動産の譲渡所得にかかる同人の所得税を免れようと企て、同人の平成二年分の分離長期譲渡所得金額が四億一六一一万九六〇〇円でこれに対する所得税額が一億〇一九一万一二〇〇円であるのに、架空譲渡費用を計上するなどの不正の行為により所得の一部を秘匿したうえ、平成三年三月一五日、和歌山市湊通丁北一丁目一所在の所轄和歌山税務署において、同税務署長に対し、分離長期譲渡所得金額が八一一九万四八二六円でこれに対する所得税額が一八一八万〇〇〇〇円(但し、申告書は誤って一八一二万三五〇〇円と記載。)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により所得税額八三七三万一二〇〇円を免れた

第二  和歌山市内に居住するものであるが、自己の所得税を免れようと企て、平成三年分の総所得金額が一億八二一九万〇三九〇円でこれに対する所得税額(源泉徴収すべき税額九二万二八二〇円を除く。)が八五三〇万五一〇〇円であるのに、右手数料収入の全てを除外するなどした所得税確定申告書を作成して所得を秘匿したうえ、平成四年三月一六日、前記所轄和歌山税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が一〇〇万円でこれに対する所得税額が〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により所得税額八五三〇万五一〇〇円を免れた

ものである。

(証拠の標目)

判示各事実について、被告人の当公判廷における供述のほか、記録中の証拠等関係カード(検察官請求分)甲乙に記載の次の番号の各証拠

判示第一の一の事実について

甲6ないし8、40ないし43、48、50、52、56、105、乙5、8ないし10

判示第一の二の事実について

甲11ないし13、40ないし43、48、50、52、55、56、105、乙5、8ないし10

判示第一の三の事実について

甲16ないし19、44、48、53、54、乙5、8ないし10

判示第二の事実について

甲2ないし4、20ないし39、45ないし104、乙2、5ないし10

(法令の適用)

罰条

判示第一の一、二の各行為 いずれも刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項、二項

判示第一の三の行為 刑法六五条一項、六〇条、所得税法二四四条一項、二三八条一項、二項

判示第二の行為 所得税法二三八条一項、二項

刑種の選択 いずれも懲役と罰金を併科

併合罪の処理 刑法四五条前段

懲役刑について 刑法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重)

罰金刑について 刑法四八条二項(各罪所定の罰金額を合算)

宣告刑 懲役一年及び罰金二〇〇〇万円

労役場留置 刑法一八条(金四万円を一日に換算)

(量刑の事情)

本件は、被告人が不動産譲渡所得にかかる所得税を免れようとする納税義務者やその代理人らと共謀のうえ、架空の譲渡費用を計上するなどしてこれら納税義務者の所得税合計一億六八七六万円余を脱税したほか、これらの脱税請負を含む手数料収入のすべてを除外するなどして自らの所得税八五三〇万円余を脱税したという事犯である。

被告人は、同和団体職員としての地位を利用し、紹介者に紹介料を支払って、多数の納税義務者から、同和団体を経由して内容虚偽の確定申告書を提出する方法による脱税を請け負っていたものであって、判示第一の各罪は不当な利得を目的として職業的常習的に納税義務者に多額の脱税をさせた犯行である。そして、被告人の一連の脱税請負の手数料所得は一億七九三三万円余に上っており、判示第二の罪はこの巨額の不正な利得全部についてその税を免れた犯行である。

脱税請負は、税金は少ない方がいいという納税義務者の心理に付け込み、正規税額より低い金額で申告と納税を請け負い、その一部の金額を脱税後の納税に充て、残りを自らの手数料等として取得する行為であって、適正に行われるべき申告納税制度を損ない、国に納められるべき税を自らの利権と化して着服する悪質な反社会的犯罪であり、この種事犯の頻発は善良な市民の納税意欲にも悪影響を及ぼしかねない。

これらのことを考え併せると、犯情は悪く、被告人の刑事責任は重いといわざるをえない。

してみると、同和団体を経由した申告に対する国税当局の取り扱いの中に、脱税が容易にできると思わせるような点があり、それが同和団体を利用したこの種脱税請負事犯が繰り返される背景となっていること、被告人は罪をすべて認め、現在では反省しており、判示第一の一、二の各納税義務者のほか数名には手数料として得た金員を返還し、判示第二の脱税した所得税の本税の全部及び市県民税のうち五〇〇万円を既に納付していること、被告人にはこれまで禁錮以上の刑に処せられた前科がないこと、被告人は所属していた同和団体からも除籍処分を受けており、今では土木作業員として働き妻子を養っていることなどの、被告人のために酌むべき事情を考慮しても、主文の刑はやむをえないところである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 森岡安廣)

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